朝井リョウによる、
2026年本屋大賞受賞作。
この本は教科書に載せるべき、
それくらい多くの人に読んでほしいと思った。
「ファンダム」がテーマの小説と知って、
気になってすぐに読んだ。
自分はこれまで、
何かに人生を賭けるほどハマったことがない。
ただ一方で、
「これさえあればいい」
と思える何かに没頭する感覚には、
どこか憧れのようなものもあった。
この本を読む前、
私はずっと不思議に思っていた。
なぜ人はそこまでのめり込めるのか。
なぜ生活の中心がそれ一つになるのか。
理解できない、というより、
その感覚は自分にはないという距離感だった。
でも読み進めるうちにその見え方が変わった。
ハマることは、
その人にとっての「生きる希望」になる。
それがあるだけで、日々に意味が生まれる。
ただの趣味、好きなものではなく、
生きるための支えである。
一方で、この作品にはかなりの怖さもある。
熱狂や陶酔は、人を救う。
でも同時に、
簡単に飲み込んでしまう危うさもある。
現代は、SNSによって常に誰かに見られている。
少しの失敗でも叩かれ、
一気に社会的立場を失うことも珍しくない。
どこまでいっても他人の目から逃れられない。
その中で、人は「正解」を取り続けようとする。
無難に、安牌に、
間違えないようにポジションを取る。
でもそれを続けていると、
だんだんと疲れてくる。
その先に、
すべてを忘れさせてくれる場所があったらどうなるか。
心地よい一体感があって、
自分の役割があって、
そこにいれば存在意義を感じられる。
そこに居着いてしまう感覚はかなり理解できた。
これは、時代がそうさせたのか。
それとも、そういう欲望が時代を作ったのか。
もう切り分けができないくらい、
社会の深いところに入り込んでいるテーマだと思う。
この作品は、
仕掛ける側・のめり込む側、
それぞれの視点からそれを描いている。
だからこそ、
自分自身を客観的に見つめることができる。
自分は、おそらくこれからも
何かに狂気的にハマることはないと思う。
でも、ずっとぼんやり感じていた、
現代への違和感やもやもや。
その一つに、輪郭が与えられた感覚がある。
何か一つに没頭できること。
それを軸に日々を生きられること。
それは単純に素晴らしいことだと思う。
だからこそ、
その熱狂ができるだけ「希望」の側に作用してほしい。
誰かを救う形で、
自分自身を支える形で。

